2009年5月21日(木)
世襲問題が国民的議論になりつつある。
意見は様々であり、どちらにも一理ある。
しかし、国民の疲弊した生活や将来の負担を考えたとき、いかにその国民感覚を持てるかが大前提となる。
そのために私は世襲立候補に一定の制限をかけることが必要だ。
この日、菅選対副委員長らと立ち上げた議連の第一回目の会合が開かれた。
菅副委員長から私に事務局長をやるように話があり、この日の進行を務めた。
会長は、世襲の代表選手である河野太郎氏。3代目の4期生議員である。河野氏が会長になったことが話題を呼んだが、ここで自民党が本気であることを示すには適任だろう。
必ず親と同一選挙区から立候補することや、公認を出すことの制限をかけることを政権公約に掲げていく。
2009年5月12日(火)
民主党の小沢代表の辞任表明から一夜明けたが、報道はどれも「説明責任のなさ」を指摘する声が多い。
あくまでも選挙めあての行動との批判も当然だろう。
しかし、今われわれ自民党こそが本当に生まれ変われるかどうかの瀬戸際であることを深く認識すべきだ。
この日、菅選対副委員長を中心として「世襲問題を考える会(仮称)」のインナーの初会合があった。
私もこの問題については当選前から取り組んできた。
世襲候補が一定のアドバンテージをもって立候補することが、やはり新しい有能な人材の登用に厚い壁になっているからである。
会長に世襲の代表選手?である河野太郎氏、私が事務局長を引き受けることになった。
新しい政治を切り拓くスタートになればいい。
2009年5月11日(月)
民主党の小沢代表が突如?辞任を表明した。
予想していたこととはいえ、国民の7割が辞任すべしと感じていたことからすれば辞めて当然だろう。
しかし、今回の政治とカネのことについてはついぞ触れずじまい。
これで説明責任を果たしたことになるのだろうか。
選挙戦略上の顛末劇にしか映らないことは早くも国民世論から聞こえてくる。
もっと、政治家としての潔さが必要である。
それにもまして、なぜこれまで2ヶ月も民主党内で小沢降ろしが公然とされなかったのか、そのあたりに民主党の自浄力の欠如を感じる。
さぞかし、自民党だったら若手が挙って辞任要求を突きつけていたはず。
2009年5月10日(日)
女優の森光子さんが帝国劇場での「放浪記」の主演2000回を超えた。
齢89歳、40年の最長不倒の偉業である。
毎日200回の屈伸運動を繰り返すという。
私の20年間、7400回の街頭演説がちっぽけに見えてくる。
さて、昨日成田で発覚した新型インフルエンザの患者は、1人増えて4人になった。今回のNW機の乗客全員のフォローを行ったが、住まい近所での行動の制約をお願いし拡大防止に全力をあげる。
さらに水際対策を強化し、決して死者を出さないよう私も与党のインフルエンザ対策プロジェクトチームのメンバーとして全力を尽くす。
2009年5月9日(土)
ついに国内で初の新型インフルエンザ患者が発生した。
ここは、まず冷静な対応が必須だ。
WHOの去る4月27日の発表からこれまで、わが国の水際対策をはじめ行動計画は極めてスムーズに実施がされてきたといえる。
世界23ヵ国、2000人を超える感染と50人以上の死者が出ているなかで、厚生労働省や国土交通省の対策は舛添大臣のリーダーシップのもと功を奏してきたが、これからが正念場だ。
まずは今回のNW機の同乗者のフォローが早急で一刻も早く、国内への感染経路を断つことだ。 私も与党の新型インフルエンザ対策本部のメンバーとして刻々取り組んでいく。
2009年5月8日(金)
昨日に引き続いて今日も予算委員会に出席。
世襲問題と政治とカネの問題を民主党の細野議員が取り上げていたが、全くもって同感する部分が多かった。
このところ、細野議員とは2度ほど今年になってからNHKの日曜討論などで3回共演する機会があったが、やはり叩き上げの一人で、党は違っても共鳴するところ大である。
これからの政治は、やはり自民も民主も旧い感覚の政治家にはリタイアしていただいて、真に国民本位の政治を創り上げていきたい。
夜は、地元で今年に入って、7か所目の国政報告会。雨にもかかわらず、150人もの方々にご参加いただいた。
12年前都議会に初挑戦した時、ほとんどが大ベテランの応援に回り、私の援軍をしてくれた区議がいなかった中、ただ一人応援してくださった先輩の関口先生の地元での会であり、あの頃のことを思い出したいへん胸が熱くなった。
2009年4月26日(日)
前日の雨がうそのように快晴の日曜日。
年に一度のわが街の石神井公園で照姫祭りが行われ、十数万人の人出で賑わう。
朝から現地で街頭に立ち、多くの方々と挨拶を交わす。
まいた名刺の数は数えきれない。
そして何よりも、激励あり、叱咤あり、質問ありと、実に多くの方々と触れ合うことができた。
こうして、街の空気を肌で感じることが何よりも大切だ。
夕方、豚インフルエンザのニュースが入る。
鳥インフルエンザの対策をやっていたら、まさかの豚インフルでメキシコでは死者が続出。
早急な対策が必要だ。
2009年4月25日(土)
朝から冷たい雨の土曜日。いつもよりはゆっくりめに活動開始。でも、休みはない。
新聞に「総理、集団的自衛権について解釈変更探る」と出ている。
北朝鮮ミサイルや海賊対処など、わが国の安全保障をめぐる議論はここにきて急速に高まってきた。
これから北朝鮮のミサイルや核の問題が現実化してきたなか、米艦防護にしてもミサイル防衛にしても、集団的自衛権を認め、例えば米国にミサイルが飛んだ際に撃ち落とせるだけの能力の保持について議論しなければならない時だ。
もちろん、わが国は核を持つことは避けなければならない。
しかし、敵地攻撃能力の保持も含め、今までなんでもかんでも米国に頼りっきりだった安全保障について、国民的議論をしなければならないターニングポイントである。
雨の中、今日は熱心に政治を考える会の方々と約2時間議論を交わす機会に恵まれた。
この国を守り、生成発展させていかなければならない、そのことを強く感じた勉強会であった。
2009年4月24日(金)
政府は北朝鮮に対する追加経済制裁を決定。
北へ渡航した在日外国人の再入国禁止、送金額の減額等々、まずは日本がきっちりと制裁を課す姿勢を強めたことは当然だ。
効果については様々な意見があるが、国連加盟国が一カ国でも1718条にもとづいて制裁をすることへの促進を図ることだ。
そして、わが国にとって何よりも拉致問題に関して、絶対にひくことなく積極果敢に北風政策をとり続けることだ。
われらの同胞が北の国家意思にもとづいて拉致をされたという事実は、国家主権を侵されているわけであり、国家としてもっと外交力強化をすべきだ。
昨日、海賊新法が衆議院を通ったが、民主党は賛成しながらも、党内の左派に遠慮して、最後までぐずぐず討論をしていた。だったら、堂々と反対すればいいのに・・。
間違いなく、民主党にはこの国を守る責任能力に欠ける、そうみてとれた。
小沢代表も、「拉致は金を払って解決したらどうだろうか」と発言した。
やはり、われわれが頑張るしかない。
2009年4月23日(木)
国会議員と国家公務員のボーナスカットについて議論しているが、そんな矢先トヨタが管理職9000人のボーナスを平均60%カットすることで労働側と決着がついたとのニュース。
ここまでやるか、という思いと、ここまでしないとこの先がないとの見方がある。
今回、車を省エネ車に買い替えた場合、補助金や税制面の優遇措置が内定。あの、GMのように批判される前に自ら身を切ったということであろう。
こうなると国民的理解も進むのではないか。
さて、エコポイントカード制度を来月15日から前倒しでやることが発表されたが、そんな時に日立の省エネ冷蔵庫の偽装品問題が発覚した。
あまりにも国民をバカにした行為だ。
せっかくこれから省エネ意識を高め、実質的に温暖化防止に向けて国民的行動を起こそうとした時だけにあまりにもひどい。
公取委から排除命令を受けたのは当然であって、今後二度とこのようなことがないように各社しっかり取り組んでもらいたい。
2009年4月22日(水)
朝自宅を出て都心のホテルへ。
この日、経済同友会の幹部との朝食懇談会があった。
経済界から直に政策提言を受けたが、偏った分野の支援策をといった類の話でなく、これからの日本をどう展開していくかという極めて建設的な議論であったことだ。
参加者20人が全員発言し、90分があっという間に過ぎた。
私も、金融、雇用、国際貢献などこれからの日本のビジョンについて稚拙な論を話した。
あらためて、こうして政界と経済界が率直に日本の将来について語り合い、意見交換できたことは有益である。
さらなる勉強の必要性を実感。
2009年4月21日(火)
民間のボーナスは1991年以来の最大の減少率だというのに公務員のボーナスは全く変わらずそのままだという。
そこで、「国家公務員の給与に関するプロジェクトチーム」を立ち上げ、その引き下げを進める。
国会議員のボーナスも国家公務員に準ずるため、自動的に下がるが15%と言わずに30%くらいカットしなければならないだろう。
改革はまず、「塊から始めよ」である。
2009年4月20日(月)
中国が北朝鮮と米国の連携について期待を寄せる外相をが発表した。
しかも、経済制裁については牽制している。
核をめぐる六カ国協議について、イニシアティブを握ろうとの姿勢だ。
日本もその外交姿勢をより強固に骨太なスタンスを見せるべきだ。
外務省は従来の弱腰外交から転換し、中国にもよりモノを言えるセンスを持つべきだ。
また、先週、前外務次官の谷内政府代表が北方領土について、「3.5島返還」というトンチンカンなことを言ったとの報道がされたが、もしそうだとしたらけしからん話であり外交官失格である。
その後、言ってないと釈明したが、国後、択捉、歯舞、色丹は4島一括返還との姿勢は貫かなければならない。
骨太の外務省改革も必要だ。
2009年4月19日(日)
今朝の新聞で、保育園の設置要件を大幅に緩和するとの記事が出ていた。
厚生労働省にこれまで働きかけてきたことがついに実現した。
特に、大都市は保育園に入るのに1~2年待ち。しかも、わが街練馬区は人口が毎年1万人ずつ増えてきており、待機児童数は年々伸びてきている。
そこで、ビルなどに分園した保育園の設置要件の園児数の20人以上というのを撤廃することに。
国はその賃借料の半分を拠出しているが、さらに支援基準を緩和して、働きたいのに保育施設がなく働けない家庭を応援していきたい。
夕方から、新たな後援会組織の立ち上げの打ち合わせに幹部の皆さんが集まってくださる。
2時間びっしり、様々な角度から打ち合わせをし、42番目の後援会の発会が決まった。
ありがたいの一言に尽きる。
この地で生まれ、この地のために働くことの幸せをかみしめる。
2009年4月18日(土)
世襲問題がひときわ注目を集めている。
私は、ずばり今のまま世襲議員が親の地盤を受け継いで選挙に出ることには反対である。
確かに、2世、3世の中には立派な政治家もいる。
しかし、親の地盤を受け継ぐということは一定のアドバンテージをもって出馬するわけで、スタートラインはかなり先にある。
先般、党改革実行本部での議論で、ある世襲の議員が「同一選挙区からの世襲候補の制限をすべし」との勇気ある発言をしていた。
これぞ、自民党の今後のダイナミズムになる、そう痛感した。
自民党、民主党問わず35%が世襲である現実にしっかり応えていく。
2009年4月17日(金)
昨日の田原総一郎さんと中川秀直氏、菅義偉氏の勉強会が憶測を呼んでいる。
出席した者として、アジアを中心としたこれからの日本のビジョンをどう打ち立てるかとの趣旨以外何ものでもないゆえ、騒ぎたてるのもいかがなものかと・・。
そして、今内閣支持率が確かに回復してきたとしても、ここは全ての面で自戒することだ。
同時に、小泉元首相が引退した後、「改革」の旗を誰が引き継ぐのか、その主体を確立しなければならない。
われわれ若手は、国民の皆さんに常に発信し続けることが求められている。
夜、地元で国政報告会を開いていただいた。
熱心に集まって下さった皆さんから様々なご意見を頂戴した。
特に、今回初めて参加いただいたサラリーマンを定年退職された男性から「日本の外交戦略をもっと戦略性を持って力強く進めてほしい」「これからの教育は対話能力を高める内容にすべき」との発言があった。
2009年4月16日(木)
先日来、民主党に対し党首討論を申し入れたが、今だにに実現していない。
そもそもこの党首討論は民主党の小沢代表が党と党の違いを国民の前に示そうということで導入した経緯がある。
特に今、政治とカネの問題について国民的関心が高い時に2大政党の党首がその違いについて徹底議論することが求められている。
小沢氏が出にくいのはわかるが、全国行脚の前に今こそ堂々とその意を述べ、議論を闘わせるべきだ。
2009年4月15日(水)
今朝の駅頭は若干風が冷たい。
気候の変化の激しい季節だ。ただし花粉症が収まりつつあるのか、マスクをしている人が俄然少ない。
さて今回の景気対策の目玉の一つである車の買い替えへの補助金制度だが、なぜ車齢13年以上なのかわかりずらい。
2010年度燃費基準を満たした車に、普通車25万円、軽自動車12万5千円の補助が出る仕組みだが、日本の新車を買い替える期間は7年前後というから、13年は長すぎる。
われわれ若手議員の提案した子育て支援策が今回の補正に組み込まれることになったが、まだまだ足りない。
子ども応援特別手当を恒久化したり、児童手当も3倍に増やすなど、徹底して大胆にやることだ。
そのための発信を続けたい。
2009年4月14日(火)
解散がいつになるか?
マスコミ諸氏から今最も受ける質問がこれである。
5月解散6月選挙、いや8月だ。様々な憶測が飛び交うが、すべては総理のハラの中だ。
総理に近い先輩議員に聞いてもわからない。
だが、あと5か月のうちには必ずあるわけだから、そうあくせくすることもない。
それよりも経済の動向だ。追加経済対策の評判は世論調査を見れば今のところまだその効果は不透明だ。しかも、財政規律の問題がついてまわる。
このところの長期金利の上昇が気になるところだ。
次の選挙は、やはり財源問題も大きな指標になろう。
裏付けのないどんぶり勘定財源では国民から見放される。
われわれは、次の世代への責任があるのだから。
2009年4月13日(月)
先日の千葉に続き、秋田の知事選挙も自民党系が勝利をおさめた。
もちろんこれをもって自民復調を言うのは早計だろう。
しかし、確実に情勢は良くなってきている。というよりも、これまでが悪すぎた。
昨日に続き、今朝もたいへん感激した出来事があった。
駅頭でいつものようにマイクでしゃべっていると、ある男性が「あのー」と話しかけてこられ、何か進言か相談ごとかと思いきや「サインをいただきたいんですが・・」とのこと。
しかも、「先月NHKに出られたのを見て感激し、次の日からずっとこの色紙をカバンに入れてました」と差し出された。
思わず、胸がぐぐっと・・。
聞くと、金融機関にお勤めのサラリーマンの方であった。
何かと中小企業のたいへんな時代、また金融機関自体も生き残りをかけて頑張っているはず。
私の話の中に何かを感じていただけたとしたなら、それはより精進しなければと自戒した出来事であった。
2009年4月12日(日)
この日は区内を宣伝カーで回る。
どこに行ってもありがたいくらいの激励を受ける。
二人の小さなお子さんを連れた若いお母さんが、駅前で「子どもと一緒に写真撮ってもいいですか」と尋ねてくださった。感激の極みである。
この子らのために安全で安心できる日本の国を創らねばと力が入る。
国連の安保理決議の最終段階。最後まで「違反」「非難」の文言を盛り込むように努めることだ。
日曜日だというのにマスコミの記者さんから電話が入る。もちろん、われわれの仕事に休日はないが、マスコミ諸君も同様のようで気の毒なくらいだ。
フィリピン人の不法滞在者のカルデロン一家の辛い別れの時が来た。
のり子さんはまだまだ子どもであり、胸が張り裂けんばかりの思いだろう。
しかし、わが国は法治国家である以上、現下の法に情状酌量はあっても法は守らなければない。
家族はいかなることにも離散させてはならないという国際法の下に日本は今後どう対応するのか。
きっちり議論すべきである。
2009年4月11日(土)
北朝鮮のミサイル発射に関し、国連の決議がわが国の要求通りにいかない。
あらためて外交、国際政治の厚い壁を感じる。
しかし、今回北との関係の深い中国が日本と韓国の三者協議のなかで、一定の理解を示してくれたことは一歩前進である。
二度とわが国に向けてミサイル発射をさせないために、米朝対話に持ち込ませずに六か国協議に北朝鮮をテーブルにつかせ、「羽交い締め」にすることだ。
経済制裁はそのための手段である。
2009年4月10日(金)
株価が一時9000円を超え、市場の躍動感が伝わってくる。
追加経済対策発表の効果か。
しかし、これからが本番。
様々な対策を補正を通し、実行に移さなければならない。
そして、与党として大事なことは財源をきっちりつけることだ。
この点、民主の言うようにムダ使いやめて節約、といった一本調子では説得力がない。
『変革への責任』、私の今貼ってるポスターのスローガンである。
2009年4月9日(木)
朝の駅頭を終え、国会へ。少し汗が出る。駅頭をやるには一年で一番いい季節かもしれない。
午前中、医療機器についての勉強会。事務局長ゆえ司会進行。それにしても医療機器の進歩は目覚ましいが、治験や承認の遅さが相変わらず足を引っ張っている。
この日、党の政調全体会議で追加経済対策の全容が発表された。
議論してきた贈与税の軽減措置、自動車購入の補助金制度、第一子からの子供応援特別手当、花粉症対策、高齢者医療の医療費軽減、地デジ対応テレビの13%補助等々。
真水15兆円は日本史上最大。あの小渕政権の時も7兆円だったことを考えればいかに大きいか。
株価も上昇。明日は9000円を超えるだろう。
夜は、裏千家のお家元と懇談会。日本の伝統文化の主体的存在である茶道。千利休から400年の歴史を持つ今日庵のたててくださったお茶を直に頂くお手配を賜った。
「時々 勤 拂拭」の掛け軸に目がいく。
昔の僧堂は清らかな水の泉となって世のため、人のために尽くしたとの習いを頂く。
今の自民党が「大樹」として国民の支えになるようにとの素晴らしいご指導を賜った。
戦国時代からその伝統を受け継いできた「場」に居合わせられた幸せをかみしめることができた夜であった。
2009年4月8日(水)
あの北のミサイル発射から3日。
さる3月29日の米国務長官ゲーツが言った発言が党の部会でも取り上げられた。
「北朝鮮が米国を狙わなければ迎撃しない」
これは取りようによっては、米国は日本についてはあらゆるケースにおいてすべて守ってくれない、という解釈にもつながりかねない。
この点しっかり議論すべきだ。
株価が急騰しつつある。日経平均が9000円を超える勢いである。
米国の経済対策に加え、日本の経済対策を反映している模様。
ここは、徹底して補正予算を過去最大のボリュームとし、中小企業を守り、雇用創出につなげていくことだ。
2009年4月7日(火)
朝の駅頭記録は春爛満の陽気で少し汗ばむくらい。
中学校の入学式に向かう親子連れが多く、微笑ましい光景である。
今日の演説の内容は、北朝鮮ミサイル問題と国連の決議について。また、子育て支援や環境についても。
国土交通委員会へ出席。
午後から本会議。ミサイル発射についての「非難決議」を採択。反対した共産党、社民党はまさに何を考えているのか・・。
その後、ヤミ専従問題プロジェクトチームの打ち合わせ。
またその後、税制調査会のヒラ場で贈与税の減免措置について発言。
110万円の控除額を500万円程度にし、消費拡大に向けて取り組むべしと唱えた。
一番生活のきついサラリーマン世帯の消費拡大と可処分所得拡大が、目下最大の景気対策だ。
2009年4月6日(月)
朝起きると、昨日の北朝鮮のミサイル発射事件のことであらためて怒りを覚える。
さて、ニュースを見ると、昨日 北朝鮮が事前に米中露には事前通告をしていたとのこと。韓国が米国から通報が入ったことを明らかにしたのだが、さぞかし日本にも入っていたはず。
この手の情報は次のステップの信頼醸成のために完オフにしておくものだが、それを韓国が発表したことについては、今後議論しなければならない。
もし今回のことでわが国領土が惨事になっていたらどうするのだろうか。
日米同盟の強化は当然だが、果たしてこのまま他国の支援頼りでわが国の平和と国民の安全が守れるのだろうか。
答えは否である。
今こそ、憲法の範囲内で敵地攻撃能力を整備すべきだ。
2009年4月5日(日)
ついに北朝鮮がテポドンを発射した。
まさかと思いきや、日本海に一段目が、さらに日本の国土の上を通過し二段目が太平洋上に落下した。
ちょうどその頃、地元で花見まわりをしており、外務省関係者から私の携帯に電話が入ったの11時34分。
桜の花の下で後援者の方々に挨拶をして回っていた時であり、一瞬の驚きが即「強い怒り」に変わった。
万が一、わが国の領土に落下物があれば即時対応をしなければならない。また、レーダーもはるかかなたまでは追跡できない現在のシステムにも万全を期さなければならない。
そして、官邸の対応と麻生総理の記者発表は素早かったが、何よりも米国オバマ大統領がチェコのプラハのEU 諸国との会議の場で「北朝鮮は明らかに国連決議に反することをした」と指弾したことは重要だ。
北は今回、明らかに米朝直接対話にもっていこうとしている。ここに、米国が現下の情勢で少しでも北に理解を示すような態度があったら問題である。
その点、しっかり日米同盟のさらなる強化をしつつ、中国との関係強化をすることだ。
それにしても、桜満開のわが国を襲った有事。
平和を命がけで守り、子供たちの未来を約束することに全身全霊を捧げる覚悟だ。
2009年4月4日(土)
北朝鮮のミサイル発射予告の日がきた。
午前11時、緊張が走る。
正午過ぎ、北朝鮮から飛翔体がレーダーに映ったとの一報が入るも、5分後に誤報とわかる。
「誤探査」という言葉での報道。
米国の早期哨戒機の探査によるものでなく、防衛省の探査機によることも判明。
ここで考えなくてはならないのは、この失敗を即次に活かすことである。
それにしても北朝鮮の前近代的な野蛮外交を繰り返されたら、わが国はたまったものではない。
米国と緊密な関係強化を築き、断固強い姿勢で臨む。
2009年4月3日(金)
だんだん朝の気温が暖かになり、駅頭の演説が楽になってきた。
一か月前の真冬のはく息が白かった頃を思えば、段違いである。
朝の国会対策委員会の正副会議に出た後、マスコミの皆さんから「昨日の総理の解散含みの発言についてどう考えるか」と聞かれる。
あと6か月を切った任期ゆえ、いつあってももうおかしくないと答える。
問題は、追加経済対策を盛り込んだ2009年度の補正予算をあげてから解散を打つことは間違いなさそうだ。
ずばり夏の暑い頃の選挙だろう。
この日、「123の会」のメンバーで細田幹事長、武部党改革実行本部長に対し、政治資金の件や候補者選定について申し入れをした。
特に、政治とカネの問題については将来的に企業団体献金を禁止し、個人献金に切り替えるべく、またそのチェックについて第三者機関で厳格に行なうことと説明。
こうして、われらの勉強会は着実に行動を起こしてきた。常に国民の皆さんの感覚でこれからも動いていく。
株価が久しぶりに8800円を一時突破。いよいよ景気の底が・・と手放しで喜べるところまではきていないが、ニューヨークのダウの影響にかかわらず国内の株が上がるようにあらゆる手を打つことだ。
その意味で補正を仕上げることだ。
さて明日はいよいよ北のミサイル発射予告の日だ。
2009年4月2日(木)
朝の駅頭の反応がすこぶるいい。
ここ数年で一番関心が高いかもしれない。
終わった後、スタッフミーティング。
その後、都心のホテルでとある会社の入社式で挨拶。「会社があなたたちに何をしてくれるかでなく、あなたたちが会社に何をするかで会社が変わる」とケネディ風に挨拶。
真摯に見つめる新人たちの瞳に心が洗われる。
国土交通委員会の理事会、都市政策研究会に出席。
夕方から各省のレクが入る。
そして、夜は新しく開局したBS−TBSの新番組「われらの時代」の収録。
数ある政治討論番組のなかで、新たな趣向をこらした内容で、与野党の若手議員が競い、次代のリーダーを決めるというもの。
10秒で「日本をこうする」、1分でのフリースピーチ、そして政策討論と、一時間はあっというまに過ぎた。
放映は5日17時。
2009年4月1日(水)
2009年度の幕が開けた。
朝の駅には一目見て新入社員とわかる男女が初出勤していく。
24年前を思い出す。ぱりっとしたスーツに身をくるんで、入社式に出たあの頃が懐かしい。
しかし、あの頃と経済状況は明らかに違う。株価は3万円あたりでバブル輝かしき時代だ。
これからの日本経済をしっかり舵取りをすべく様々な対策を講じていく。
やるべきことは山ほどある。
今日発表された党の成長戦略は経済界、産業界からかなりの期待がなされている。
総理もはっきりと、「補正予算を組む」と明言。真水で10兆円以上と目される。
そして、この予算を通すことに加え、その実行ならしめることだ。
もし、これが通らなければ「解散も辞さず」との発言が新聞の一面に載ったが、果たして・・・。
2009年3月31日(火)
朝の駅頭の後、今日は年度末。 事務所の支払いになんだかんだと時間をさかれる。
幸いに今日は午後の本会議からだ。
この日、北朝鮮のミサイル発射自制を求める決議案が衆参で全会一致で採択された。
当然だ。
その後、青少年特別委員会の理事会。国土交通委員会の理事会と続く。
議員会館は陳情と各役所のレクチュアの山。次々と片づけないと日が暮れる。
最近、新聞に振り込め詐欺の被害者救済法によって預金保険機構に積み残された残金が5億あり、その議員立法を立ち上げたことが記事になって以来、実に多くの方から相談を受けている。すべて被害者は70歳以上である。
あらためてこの忌み憎むべき振り込め犯たちを強烈な罰則で葬り、二度と再犯させないようにしたい。
2009年3月30日(月)
朝の街頭演説はビラを受け取ってくださる方が格段に増えた。ありがたい。
そして、国会へ。
朝刊を見ると、千葉県知事選挙で森田健作氏が圧勝。
新聞の解説は、民主のカネの問題との書きぶりが多いが、はっきり言ってこの勝利は森田氏の抜群の知名度と地元議員の結束、さらには4年前に挑戦してから再チャレンジをした点に尽きる。
また、ソマリアに向けて海賊対策で出た船がまもなく監視巡航を開始するが、ここのところインド洋に海賊が出没しているとのこと。海賊は世界中の海が’仕事場’だ。
早く国会で海賊新法を成立させて、国際世論に応えていかなくてはならない。
米国GMの会長が辞任を表明。どうやらさらなる公的資金を国から投入してもらうために、自分の身柄と引き換えにするという。
先般のAIGの問題もあり、これでは世界各国からの批判は免れまい。
オバマ大統領がどう判断するかである。
2009年3月29日(日)
若干の肌寒さもあるが、区内でお花見をやっているところから声がかかる。
段々日差しが穏やかになり、桜の花は五分咲きだが、あちらこちらで酒盛りがされている。
来週北朝鮮からテポドンが飛んでくるかもしれないという緊張感はそこにはない。
石原知事がテポドンが来たら平和ボケには効く旨の発言をしたが、だからこそこの平和を命がけで守らなければならない。
そして、どの会場へ行っても最近のテレビ出演の話ばかりであり、いかにマスコミの影響が大きいかを肌で感じる。
「もっと強く発言しなよ」「いやあれくらいでいい」「論破しなきゃだめだ」「結構しゃべってたな」
反応は実にさまざまである。
さて、わが母校早稲田実業が甲子園でベスト8入りした。3年前の夏、夏の大会で全国優勝したのが懐かしい。
必ず勝ってもらいたい。
2009年3月28日(土)
この日、私の後援会のなかで最も新しい組織である西大泉一秀会の国政報告会が行われた。
役員の皆さんが一生懸命に声をかけていただき、大変多くの方々が参加して下さった。
どんなに党に逆風が吹いても、熱い思いで応援して下さる方々がいらっしゃれば頑張れる、そう実感。
さて、お花見の季節到来。しかし、この日はまだ寒さ厳しく人の出はまばら。それでも来週は天気が崩れそうゆえ、今週末にという面々も。
また、この日は高速道路が1000円乗り放題が始まる。地元の関越、外環は大渋滞。これが景気回復につながるように。
来週はBSーTBSという新たに開局するBS番組の収録がある。骨太の討論番組の企画であり、楽しみだ。
さて、明日は千葉県知事選挙だ。与野党譲れない戦いだ。
2009年3月27日(金)
朝の駅頭を終え、国会へ。
公務員制度改革について、国家公務員が自分たちの給与をお手盛りで決めるのはいかがか。この議論にきっちり応えていく。
国会対策委員会の正副会議に出席。2009年予算が参議院から戻ってきて再可決する。
その後、役員連絡会。
この日一回目の本会議。
夕方から再議決の本会議が2時間。
この間、「123の会」の協議。なんと40人の議員メンバーが集まってくれた。
熱い議論の末、企業献金の問題、候補者選定の問題、成長戦略等々、来週申し入れする内容を詰めた。
現在、民主党も手負いの虎だが、こちらも崖っぷち。
どちらが早く再生するのか、われわれにかかっている、そんな気概で突き進むつもりだ。
最近、街でよく声をかけられるようになった。「頑張ってくれよ」「必ず変えてよ」「期待してる」
今の政治不信の極みの中で、ありがたい励ましである。その声に支えられ、頑張れるのだろう。
2009年3月26日(木)
久しぶりにじっくりと朝の駅頭記録ができた。
10時の政務調査会の審議会にて、昨日まとまった障害者自立支援法の改正案について説明。数々の質問が飛ぶも、無事終了。
その後、無派閥有志の会で情報交換。浜田防衛大臣、野田内閣府担当大臣など、予算委員会の疲れも見せずに楽しく談笑。
その後、「若者を応援する若手議員の会」通称、若若議連で会議。
特に、奨学金制度を拡充し、親がかりでなく大学や高校へ進学が可能となるようにすることや 40代半ばのフリーターの方々のスキルアップなどにも次の追加経済対策で講ずるように要望する。
明日、舛添大臣に会うことに。
さらに、社会保険庁のヤミ専従問題やデータ改ざん問題などで悪さをした職員を採用しないように議員立法を出すことになり、そのためのプロジェクトチームで協議。
そんな矢先、今度は農水省でヤミ専従問題が発覚し、秘書課長が更迭された。実際に税金をかすめ取って組合活動をしてきた連中こそきっちり罰するべきで、その構造にメスを入れる。
2009年3月25日(水)
朝の駅頭を早めに切り上げ、国土交通委員会へ。
駅前で立ち食いうどんを食べる時間はなんとか確保。
8時50分、理事会。9時から6時間コースで委員会。
途中、青少年問題の特別委員会で渋谷のヤングワークプラザを視察。
委員会終了後、与謝野大臣のもとへ金融・不動産緊急対策を実現する会の田村参議院議員らメンバーと提言書を持ち込む。
国がJリートやファンドの不良資産の買い取り機構を設置し、経済の血液を流動化させることだ。
与謝野大臣も党の柳沢金融調査会長と相談して対応するとのこと。
とにかく、今は行動あるのみだ。
夕方から、障害者福祉委員会と厚生労働部会の合同会議で障害者自立支援法の改正案についての最終協議。
部会では部会長代理として、委員会においては事務局長として、汗をかいたつもりだ。
振り返れば、私が政治家になった原点がこの障害者福祉であり、今この瞬間、歴史的場面に居合わせることの喜びを実感。
何とか全員一致でまとまり、党の政調審議会の場へ。
しかし、法案ができても障害を持つ方々の特性に応じて政省令や通知で換骨奪胎されないようにすることだ。
夜は、日本を代表するマスコミの役員さんたちから、食事をしながら実に貴重な提言をいただいた。
さすが、日本の最前線で動いている方々は違う。
2009年3月24日(火)
朝目覚めるとそこは幕張の宿。そうだ、合宿に来てるんだ、そう思いながらシャワーを浴びる。
定刻の7時に、2階の会議室に出向くとすでに全員が出そろって朝食を食べている。
政治家はみんな朝が早い。
早速、昨日のまとめに入る。
約2時間、びっしり最後まで議論。やはり、党の部会みたいに出たり、入ったりがないからいい。
昨日、今日で計10時間もぶっとおしで議論したことになる。
そして、参加した議員32名からそれぞれの思いのたけを聞くことができて実に充実した2日間であった。
だが、これからが本番だ。
東京に急いで戻る。党本部で公務員制度改革の協議に間に合うように走る。
会議は佳境に入っていた。官邸サイドからは、内閣人事局長を官房副長官が兼務する案が出され、一方それに反対する議員とのせめぎあい。
私は、「こうまとまらないなら、副長官3人を2人にして、内閣人事局長を同格にすべき」と発言。
結局、次回に持ち越される。
官僚主導が変わらなければ、この党は後退する。
勝負はこれからだ。
2009年3月23日(月)
早朝の駅頭は風が強く、頭がサリーちゃんのパパ状態。
それでも、風の中、一人立つことだ。
その後、野球の大会の開幕式へ。砂埃の中、始球式。
さて、いよいよ、「123の会」の合宿の日だ。
千葉の幕張へ車を走らせる。
宿は極めてシンプルなビジネスホテル。一泊朝晩食事つき、会議室も使い放題で一人一万円は安い。
午後1時。はたして何人集まるのか、申込みは30人。
結局スタート時には20人が集まり、徐々に参加してきた。
まずは、私の担当の「政治とカネ」の問題から議論に入る。
企業献金を将来的に廃止し、国会議員の定数削減をし議員スタッフを公費でまかなうアメリカ型のスタイルに変えようとの意見におおむね集約される。
その後、世襲問題にも斬り込む。
この会は、タブーへの挑戦だ。
総裁選挙も今までのように、何回当選して、何回大臣をやったかで総裁を選ぶのでなく、国民に開かれたカタチにしていく。
さらに、わが国の成長戦略について、様々な議論を交わす。
こうして、終わったのは夜9時30分。みんな目が真っ赤である。もちろん、アルコールは一滴もない。
しかし、非常に爽快な気分と高揚感に満ちた気分。こんな気分、何年ぶりだろう?
そして、みんなで駅前の居酒屋へ行ったのが夜10時。
乾杯!といった感慨は学生時分に戻ったよう。
大切なのは、この「書生論」だ。
2009年3月22日(日)
朝6時に早朝野球の開幕式に出席。
皆さんこんなに早いのに、野球ができるのが楽しみでしかたない様子。
時あたかもWBCと甲子園が同時進行しており、野球人の方々の野球熱もいつもに増して相当なものがある。
その後、9時から少年野球の開会式へ。子どもたちを前に早実野球部時代の補欠であったことから何を学んだかを話す。
補欠選手がレギュラーのために何をすべきか、レギュラーが補欠を思う気持ちを持つこと等々、「現場」で学んだことを目に浮かぶようにわかりやすく説明した。
帰りがけに、多くの子供たちから「頑張ってねーっ!」と逆に励まされてしまい、苦笑い。
さて、明日はいよいよ「123の会」の千葉の幕張における一泊二日の合宿である。
私が担当のテーマは「政治とカネ」。資料を50部印刷、まさに学生時代のゼミを地でいくような感じだ。
果たしてどうなることか。楽しみである。
2009年3月21日(土)
今年は早いもので今日開花宣言がされた。
しかし、花粉症はおさまらず、マスク姿の人は若干減ったものの経済のマイナス効果は計り知れない。
今年度予算で厚生労働省と林野庁で30億円を投資し、花粉症対策をやることになっているが、まだまだ足りない。
そこで123の会で、向こう3年間で花粉症をなくすための大型予算を確保し、杉の木の植え替えや花粉が飛散しない対策を講ずることとなった。
国家的ビジョンを語る会だが、身近なことにも取り組み、国民の皆さんのために尽くしていく。
さて、明日は東京マラソンだ。なんと3万5千人の参加とのこと。晴れを願う。
2009年3月20日(金)
与党の雇用対策プロジェクトチームがまとめた提言が発表された。
私も党の部会で現下の厳しい雇用情勢について議論を重ね、発言してきた。
トータル1兆6千億円の規模だが、特に企業に従業員の休業手当を助成する「雇用調整助成金」は実効性がある。
こうして3月の雇用調整によって多くの職を失う人々を救うことが大切だ。
さて、民主党は小沢代表が「企業献金禁止」を打ち出したかと思いきや、今度は鳩山幹事長が「世襲禁止」を公の場で唱えた。
もちろん国会議員として何を言っても自由だが、双方ともに自分の置かれた立場をよく考えるべきである。
片や、企業からの違法献金で自分の秘書が逮捕されている身であり、片や父上は自民党の初代総理総裁で日本のビッグネームだ。出馬した選挙区が違うからと言いたいのだろうが、巨額の資産をお持ちであり、「あの鳩山さんの・・」というそのアドバンテージは大きい。
いずれも地元の有権者からも私の所にこのような意見が相次ぐ。
最近、有権者の皆さんは非常に政治に冷めた目で見ている気がする。
また、それだけに冷静に物事をご覧になっているわけで、この点よくふまえて行動しなければならない。
2009年3月19日(木)
駅頭から車で国会へ。
朝日新聞の世論調査で「今の政治に不満(やや、大いに)が91%」という結果が出た。
明らかに今回の小沢巨額献金問題、自民党への献金問題、さらにはこれまでの政治の閉塞感がこの数字になった。
そして、「今後望む政権の形は?」に対し、「政界再編」が46%で最も多く、「自民中心」の11%「民主中心」の15%を引き離す。
やはり、ここは「政権交代よりも世代交代」だ。
これは、「123の会」のスローガンでもある。
そんななか、民主小沢代表が「企業献金の全面禁止の検討」を打ち出した。
国民の皆さんはどう感じていらっしゃるだろう?
これは自分のミスで火事を起こしたかもしれないのに「消防法を厳しくしろ」と言っているようなもので、なんだか滑稽にさえ思えてくる。
来週の月曜の「123の会」の合宿でしっかりわれわれの案を発信していこう。
午後からTBSの方々が会館へ。4月からスタートするBSの報道番組への出演の件で説明を受ける。
これからの日本のあり方について、またリーダー論についてしっかり語ってほしいとのお話で、私のような若輩に実にありがたいことである。しっかり頑張りたい。
2009年3月18日(水)
米国の保険最大手AIGが、昨年のリーマンショック以来4回も税金の公的支援を受けながら、幹部社員に対し160億円のボーナスを支給したとのニュース。
中には、昨年の金融危機のきっかけをつくった金融商品のトレーダーの一人が6億円も受けとった話もあり、言語道断の話だ。
ふざけるな!とは、全米国民の怒りだけでなく、IMFに投資をした日本も決して間接的には無関係ではないはず。きっちり注視していく。
そんな中、与野党で雇用保険法の改正案がようやくまとまり、非正規社員の失業手当の延長や失業手当を受け取るに必要な加入期間をこれまでの1年から6か月に短縮される。
ねじれ現象の厳しい中、小沢献金問題が緊急性を要する施策についてはスムーズに水の流れをよくしている。
午後から党本部にてリートの会社の役員の方々と協議し、現在の国内の不良資産と投資会社、運営会社への支援のあり方について議論した。
日本経済の閉塞感を打ち破るためにもしっかり取り組んでいく。
2009年3月17日(火)
駅頭を終え、電車で永田町へ。
党本部で経済の勉強会。東大の吉川洋教授が構造改革とこれからの経済発展について講演。
国土交通委員会の理事会、委員会。
途中、都市農業研究会で税制改正のさらなる取り組みについて議論。
その後、介護委員会で介護報酬改定について議論。せっかく3%アップになったが、実際に言われてきたように施設の職員へ月2万円程度の給与アップになるかといえばそうでもないようだ。
しっかり介護現場で働く職員が生活し、結婚し、子どもが普通に育てられるような環境を作るのが我々の役割だ。
2009年3月16日(月)
朝の駅頭はビラのはけがすこぶるいい。時折、「昨日、NHK見たよ」との声や「頑張れ!」との掛け声があり、確実に空気の変化がみてとれる。
しかし、油断は禁物である。今は敵失によって醸成された空気なのだから。
英国のロンドン郊外のホーシャムでG20が開催され、世界的な経済危機の克服に向けて協議が行われた。
GDPの2%という財政出動を目標に掲げたが、米国、英国、日本以外のユーロ諸国は財政赤字の拡大によって通貨の不安定化を恐れ、慎重な姿勢に終始した。
このあたりは各国のそれぞれのリーダーシップのありようがみてとれる。
さて、国内に目を転じると、日銀が銀行の劣後ローンの引き受けを検討することに。
これは中小企業の資金繰りを支援する意味で重要な施策である。
そして、参議院での予算審議も着々と進み、来週にはあがる公算となった。
夕方、日本テレビの「太田総理・・」の収録。
昨日のNHKと全く勝手が違うが、それでも声をかけていただけることはありがたい。
かなり遠慮なく発言してきた。しかし、画面に出るのはまた一言、二言かもしれない。
2009年3月15日(日)
NHK出演当日の朝を迎えた。
日の出がまぶしく爽やかな朝だ。春本番までもうすぐだ。
9時の生放送、8時半までのスタジオ入りゆえ、早めに自宅を出て議員会館で新聞や資料に目を通す。
前の晩土曜の夜遅く議員会館から出て、翌早朝また顔を出したので警備の職員たちが不思議そうな顔をしていた。
赤坂のNHKスタジオに入ると即メイクをされる。「少し軽めにお願いします」と言わないと、厚化粧になってしまう。
さて、本番に入る。テーマは「政治とカネ」。
今、この瞬間、全国数千万人の視聴者、ラジオのリスナーが一瞬一瞬見聞きしているかと思うと、絶対に間違いはあってはならず、手に汗がにじむようだ。
4台のカメラが前から、後ろから、斜めからズームアップ。今まで何度かテレビ出演をさせていただいたが、やはり違う、いつもテレビの画面で見ているあのスタジオ設定の中にわが身があるのだ。
しかし、ぴったり60分、思いのほかじっくり語り、丁々発止することができた。
特に、政治資金規正法については「公共事業を受注している企業の献金は禁止にすべき」とはっきり申し上げ、そのための与野党協議の場を設定すべきと主張した。
実にいい体験をさせていただいた。
思えば、小学校にあがる前の幼少時代。日曜というと朝必ず、父がNHKの討論番組を見ていたのを思い出す。
私も、出ている人が何をしゃべっているのかわけもわからず、父の後ろで見ていた。
実は、一つ楽しみがあった。その時間になると冬場は決まって焼き芋屋が家の前を通り、その討論番組をおとなしく見ていると父がその焼き芋を買ってくれたのだった。
そしてあれから40年以上が経ち、その番組に自分が出演し、語るとは正直、国会議員になってからも想像もつかなかった。
今後、より一層の精進が必要だ。
2009年3月14日(土)
さて、いよいよ明日はNHKの「日曜討論」の日である。
テーマは「政治とカネ」。
小沢代表の違法献金問題やわが党の名前の挙がっている議員の件をもとに何が飛び出すかわからない。
土曜日だが、一人議員会館にこもる。受験勉強の子どものようだ。
政治資金規正法についても詳細に読み込む。
それにしても、この法はザル法だ。昭和23年の制定後、10回も改正されながら企業からの献金が団体を通せば政治家の資金管理団体に入る仕組み、2年前までは不動産を買うことができたこと、様々な道を通せば青天井であること等々。
これは徹底して抜本改革をすべきだ。
一歩も外に出ずに会館にこもり、晩飯も一人ケータリングのピザを頼んだ。
食べながら、あの9.11の際、米国の国防長官がペンタゴンにこもり、朝から晩までピザを外注し体重が増えてしまったエピソードを思い出しふきだしてしまった。
かれこれ、土曜の誰もいない議員会館の部屋を後にしたのは0時を回っていた。
2009年3月13日(金)
朝8時からの公務員制度改革委員会。
ようやく収斂されてきた内閣人事・行政管理局の局長の位置づけが、官房副長官より下になった案が出され、これについて猛烈に反対論をぶった。
この内閣人事局構想はあの渡辺喜美大臣(当時)が肝入りで頑張って、各省庁の縦割りをなくそうと、かつ政治主導で政策決定をしようとした経過があり、この換骨奪胎は絶対に譲れない一線であった。
結果的に、まとまらず次回に持ち越された。次に出される案が官僚主導であればそれ相応の行動をとるつもりだ。
聖域なき構造改革を推進する会の勉強会で竹中平蔵氏を呼び、郵政民営化についての検証をする。
やはりここにきて「あの改革はなんだったのか」との検証論ばやりであるゆえ、改革推進の張本人の説明は極めて明快であった。
123の会の合宿について打ち合わせ。おおむね20〜30名くらいの参加になろうか。
みんなどの若手議員も選挙間近で地元の活動があって、果たしてどのくらいになるのだろうか。
もちろん出張や公務の人は除いて、そんな状況下出てきてくれた人は本気なのかもしれない。
この日、亡き父の13回忌であった。
一度は国会議員に挑戦し、夢破れるも、事業を続けながらそれを愚息に託し、旅立った。
今、草葉の陰でどんな表情で見守ってくれているのだろう。
2009年3月12日(木)
朝の駅頭を早めに切り上げて、党本部へ。「看護の質の向上と確保に関するPT」で進行を。
道路の問題の議員連盟、児童擁護を考える会、アジアの子供たちへ学校を作る議員の会と続く。
午後から、成長戦略会議の柱となる政策についてレクチュアを受ける。
太陽光発電やエコカーは日本の一丁目一番地の技術開発分野だ。
夕方、朝日ニュースター「葉千栄NIPPON ぶった斬り」の収録。2時間ぶっ通しで議論。
その後、自民、民主の若手議員交流会へ。
夜、9時半に竹橋のスタジオへ。一期の木原議員とBS11「INsideOUT」(インサイドアウト)に共演。
このたびの「123の会」の経過やこれからの政局について歯に衣着せずに話をした。
やはり、若手が決起する時、そう感じた。
2009年3月11日(水)
朝一番で一期生の勉強会へ顔を出す。日頃の付き合いが大切だ。
その後、国土交通委員会。その間、地元の長野県人会の皆さんが国会見学へみえ、案内。
党本部の総裁室で、総裁のイスで記念撮影する皆さんのうれしそうな顔を見ると心がなごむ。
明日の123の会の打ち合わせ。
さて、明日は朝日ニュースターとBS11の撮影と生放送の出演。
論客ぞろいのメンバーゆえ、少し新聞記事の読み込みをと、議員会館に歩いていると、後ろから呼ぶ声。
NHKの若手記者の方で、いきなり「日曜討論」の担当のディレクターもされているとのこと。
何かと思ったら、「今度の日曜日に出演していただけませんか」とのこと。
正直、耳を疑ってしまった。「日曜討論」と言えば、党3役かベテランや大臣経験者が出ており、万が一出していただけるとしたら、まだまだ何年も先のことだと思っていたゆえに少し髪の毛が逆立ったような感覚であった。
お話を伺うと、「政治とカネ」の問題について若手議員同士の討論を闘わせてほしいとのこと。
たいへんありがたいことで、喜んでお受けすることにした。
さあ、準備だ。
2009年3月10日(火)
朝8時から医療問題勉強会。
その後、国土交通委員会。役員連絡会、副幹事長会議。「123の会」の幹部会と続く。
その後、ワクチン予防議員連盟の提言をまとめる会議に参加。子宮けいがんの予防のためのワクチン使用と研究について、厚生労働省に新たなセクションを設けるべきと決議。
午後から本会議。
その後、「123の会」の二回目の会合。今の自民党のあり方について実に様々な意見が出た。
この瞬間をナマで全国に発信したら、どれだけ国民の皆さまの関心を集めるか。
今月末には合宿を断行し、そこで党の刷新のためにどうあるべきか、次の世代のためにいかなるアジェンダが必要でどう国民に訴えていくか。
今日の会議で司会進行をしながら、やはりこの会を創ってよかった、そう実感した。
2009年3月9日(月)
月曜日の朝。駅に向かう人々の歩きはやや、速い。
不思議なもので週のはじめと終りでは、歩くピッチが違うような気がする。
週末モードから動きを無理に切り替えている方も多いはず。
もっとも、こちらはそんな人の歩みに注視するほど余裕があるわけではないが。
今日は珍しく国会での仕事がなく、地元の活動をすることができた。
日経平均株価はついに、バブル後最安値をつけた。
米国もあの手この手と対策を打つが、すぐNYダウに跳ね返るものでもない。
この日また一部上場企業が倒産の憂き目にあう。
わが国も性根をすえて株価対策に取り組まねばならない。
2009年3月8日(日)
今朝の駅頭はまだ肌寒いが、それでも一月の極寒期に比べればだいぶやわらいできた。
マスクをしている人の数が半端じゃなく多い。
花粉症のマイナス経済効果約100億円ともいわれる。
今年度も花粉症対策費として国で厚生労働省、林野庁、環境省等で約20億円など100億近い予算を確保した。
しっかりと対策を講じていく。
それにしても、なぜ次から次へと政治とカネの問題が出るのだろうか。
今回の小沢代表の献金額は、たとえオモテのカネだとしても法外な金額である。
何かの見返りなしではこのような額が一政治家に行きわたらないはず。
それは司直の手にゆだねるとして、ではなぜ、小沢代表がこのような多額の献金を必要としたのかである。
それは、昔も今も変わっていない。
カネを集め、子分である若手議員や新人候補者に配ることによって力を集約する手法をいまだにとっているからである。
旧田中派のやり方がいまだに自民、民主問わず行われていることは、各議員の政治団体や資金管理団体をチェックすれば一目瞭然である。
この際、一気に政治資金規正法を抜本改革し、個人献金のみで活動をし、あとは公費で秘書を増やし、個人のシンクタンクを持てるようにするなど新たな手法が必要だ。
これも、「123の会」で打ち上げてみよう。
2009年3月7日(土)
世界同時株安が進行し、日経平均もバブル崩壊後の最安値にあと10円となった。
ここは、銀行の保有している株式の買取など追加株価対策を急がねばならない。
また、3月の決算期を前に企業が普段なら調達できる資金が回らないできつい状態にある。
銀行は自己資本比率を気にして、中小企業に資金をだしにくくなっているが、金融庁はその点をしっかり現実対応し、要件を緩和すべきである。
また、信用保証協会の貸し出しもあらゆる企業に十分に行き渡っている感じはない。まだまだ不足をしている。
これらの環境がまた、雇用に跳ね返る。
何よりも今、働く側の立場に立って雇用を守りぬくことが第一である。
今月末、2009年度予算は通過することがほぼ決まっているが、一刻も早く補正予算を組んで、さらなる雇用対策を講じ、国民の生活を守りぬくことだ。
2009年3月6日(金)
朝8時から「看護の質と量を考えるプロジェクトチーム」の幹部会。
その後、国会対策委員会の正副会議。さらに副幹事長会議へ。
民主党が、今回の小沢献金操作を国策捜査だと指摘したことに対し、国民の見方は「それはないだろう」が大半。
ところが、そんな矢先、政府高官が「自民党には及ばない」との談話をオフで話したとの報道。
断じてあってはならない話だ。せっかく今の時代、そんな国策捜査などありはしないと法務大臣が委員会でも答弁したにもかかわらず、政府の関与が疑われるかの発言。
全くもってセンスのない発言だ。
好事魔多し。慎重にも慎重を期すべき。
2009年3月5日(木)
このたびの「123の会」について様々な方面から関心をいただいていることを感ずる。
当日参加した議員からも、期待と注文とアドバイスをいただく。マスコミの皆さんからも専門的な目線で、適切なアドバイスが届く。
今、多くの国民の皆さんはこれまでの総裁選びや派閥の争いを見透かし、辟易しているのでは。
だからこそ、政局でなく、しっかりとした政策本位の会に仕立てて国民のための国政に舵をきりたい。
さて、楽しみにしていた日曜日のサンデープロジェクトの出演が、小沢献金問題が新たな局面に入るとのことで延期になった。
昼は国土交通委員会の理事懇談会。引き続き、都市政策研究会へ。
さらに、雇用調査会の幹部会、与党障害者福祉委員会のプロジェクトチームの会議。
議員会館で3本レクチュアを受ける。
夕方、会合をはしごし、練馬の自宅へ帰宅。
夜の0時過ぎの民放の番組で、trfのサムが出演し、懐かしいエピソードを語る場面があった。
そして、そこに私と一緒に踊ってた頃のことを話してくれたのだ。
タイムスリップしたような10代の頃の私の写真(当時68`、今83`)が映し出された時、思わず笑いと涙があふれた。
25年前、互いに夢を追いかけ、朝から晩までディスコダンスに打ち込んだあの頃の日々。
サムの六本木のおんぼろアパート(失礼)で畳2畳分ほどのバカでかい鏡を買い込み、その前で床がびっしょりになるほどに練習した。
「練習は1日休むと、取り戻すのに3日かかる」とは、サムの口ぐせ。
そして、子供のころからの政治家になる夢を実現するため、ダンスの道からリタイアすることを便箋14枚に綴り、サムのアパートに置いてきたことも語ってくれた。
一緒に踊り、遠征し、ショータイムをやったり、歌手のバックダンサーをやったこと、さらには貧乏して食パン一斤を二人で三日かけて塩かけて食べてたころの思い出。
二度とは戻れないが、互いに夢を追いかけ、努力したことが今となっている。
生きてきた証しの一遍が、思いもかけず確認することができた。
2009年3月4日(水)
小沢献金疑惑のニュースの翌朝、新聞各紙、テレビ局もオール小沢一色。
そして、午前中の小沢氏の会見を聞いて驚いた国民の皆さまも多かったのではないだろうか。
小沢氏の言葉にこれほど世間を騒がせていることへの詫び、釈明、反省など一切なかったのである。
しかも、国策捜査だとか、陰謀だなどと平気で検察批判をした。
日本の検察は、あの元首相を逮捕した組織である。
日本は三権分立の国である。立法府の者が、司法批判するなどもってのほかである。
まさに、これでは民主党は「生活が第一」ではなく、「献金が第一」と揶揄されてもしかたない。
しかし、今民主党のオウンゴールに手をたたいているほどの状況にはない。
わが党は、崖っぷちである。
ここは、しっかり政策を練って、国民の生活を守りぬくことだ。
本会議終了後、党本部で衆議院議員の一期生から三期生の勉強会である「123の会」の初会合。
発起人としてこれまで綿密に準備を進めてきたが、果たして何人集まってくれるか不安であった。
そして、会場へ。
実に多くの同志が参集してくれた。本人出席71名。代理11名。胸が熱くなった。
そして、政局でなく、党の刷新をはかり、政策を練り上げ、党の政権公約に盛り込んでもらおうと決議。
さあ、新しい改革のスタートだ。
2009年3月3日(火)
政界に激震が走った。
夕方、各方面から携帯に電話が入る。
民主党小沢代表の第一公設秘書が政治資金規正法違反の疑いで逮捕とのニュース。
「やはり」という感はぬぐえない。
あれだけ政治とカネの問題を追及し、与党批判を繰り返してきた党の代表による疑獄であり、徹底究明をすべきだ。
しかし、ここは推移を見守らねばならないし、このことで今のわが党のおかれている立場が反転し、好転するほど甘いものではないだろう。
2009年3月2日(月)
3月に入りますます花粉症がひどくなる。
新年度予算でも花粉症対策費が各省庁で前年度以上のボリュームで確保された。
しかし、いますぐ止むわけでなく1年間の花粉症によるマイナス効果は1兆円を超えるとの情報も。
しっかり対応していく。
朝の駅頭を終え、議員会館へ。
次の日曜日にテレビ朝日の「サンデープロジェクト」に出演することが内定。資料を読み込む。
夜は小泉元総理らと南麻布の日本そば屋で会食。
小泉さんいわく「俺は3月から9月までは一切政局のことは語らない」と。
あの方ならではの「ご発言」であろう。
今後が楽しみだ。
2009年3月1日(日)
早くも3月。あの新年会を500ヵ所も回っていた日々がずいぶん昔に思えてくる。
しかし、冬に戻ったように寒い。日曜だが、朝5時起きで会合へ。
どんなに順風でも、どんなに逆風でもこうして地道にやっていくことが大切だ。
午前中、地域の防災訓練へ。最近、「地域の底力」が徐々に強くなっている。
遠くの親戚より、近くの他人の助け合いが今こそ必要だ。
午後から地元区議の新春の集いに招かれる。
地域を最も知っている区議会議員だからこそ、より連携をとりながら互いに頑張ることが練馬の発展にもつながる。
その後、地元のお神輿の会に招かれる。神輿をかつぐことは、地域をかつぐことだ。
「ついでに選挙の際は、私のこともかついでいただければ」と笑いをとばす。
夕方から地元のお寺の住職の13回忌法要に。
名物和尚であったゆえ、昔話に花が咲く。
私が区議から都議会へ挑戦した際に力をかしてくださった恩人である。
思えば、亡き父の13回忌もこの3月である。父は天の高みで今の愚息の日々を見守ってくれているのだろう。
2009年2月28日(土)
朝の朝刊を開くと読売、朝日、日経の各紙にこのたびの仮称「123の会」の記事が載っている。
一昨日も書いたように、衆議院の若手が今の政治の閉塞感を打破し、真に国民のための政治を行っていくための基盤づくりのための会であり、「反麻生」だ「麻生降ろし」といった類の話に矮小化されるのは迷惑な話だ。
さて、それにしても民主党の小沢代表の「在日米軍は第七艦隊だけで十分だ」との発言は無責任極まりない話である。
現下の日本の置かれているアジアの危機的状況、たとえばまた北朝鮮がまたミサイルを発射するのではとの観測がある中で、あのような発言をすることが信じられない。
今の現状で、わが国の防衛力を増強できる裏付けあっての話ならまだ理解できるが、どうもそうでないらしい。
しかも、その後の鳩山幹事長の談話も「レーダー防衛を強化して対応」するとの答であり、理解に苦しむ。
ここは、オバマ政権後のわが国の安全保障政策がどうあるべきか、与野党で徹底議論すべきだ。
夜は、地元の「谷原・高野台地区後援会」の新春の集い。
100名を超える方々にお集りをいただく。自民党逆風にも関わらず、多くのお励ましをいただき、胸が熱くなる。
これが、どんな逆境でも頑張れる原動力だ。
2009年2月27日(金)
朝の駅頭を足早に終え、電車で国会へ。9時からの最後の予算委員会へぎりぎり間に合う。
この日は締めくくり総括審議。この約1ヵ月間の審議の総まとめ。
午前中にすべての議論が終わり、採決も比較的すんなり通過。
こうして2009年度予算が委員会で可決され、午後の本会議で可決。
終わってみると、何事もなかったように思えるが、国対の裏側ではかなりのバトルが繰り広げられたことと推測する。
でなければ、年度内成立が可能となるはずがない。
こうして、主戦場は参議院へと。
ここで考えるべきは、さらなる第4弾となる2009年補正予算を組むことについてである。
審議の中でも出てきた議論だが、予算審議中に補正を企てるのおかしい。
この予算で足りなければ増額し、なぜ組んだ予算の組み替えをしないのか、との疑問である。
それは、これまでの慣例ということよりも、そうすると、年度内成立がおぼつかなくなることに加え、際限なく組み替えることになるからというのが真相だ。
そこでどれくらいの規模で、補正を組むのか、何に投入するのか。
財源は赤字国債に頼らざるを得ないが、埋蔵金の徹底チェックもしなければならない。
いずれにせよ、孫子の代に「あの時は仕方なかった」と言われるような理にかなった対策をとることだ。
2009年2月26日(木)
連日、与党の障害者自立支援法案の見直しのプロジェクト・チームのメンバーとして徹底議論。
3月上旬までに提出予定の見直し案の条文についてつめを急ぐ。3年に一度の見直しだが、利用者負担の応益負担から応能負担への転換をはじめ様々な見直しを与党主導で行っている。
厚生労働省は何を思ってか、抜本見直しについて及び腰であったが、それをひねってここまできた。あと一歩である。
この日、テレビ入りで予算委員会の集中審議が行われる。
民主党の前原議員が外交、安全保障の問題を取り上げ、いい質問をしていた。特に、尖閣列島の問題についてきちんとした認識を総理に質し、ソマリア沖警備問題などもきっちりとその対応を求めていたが、ここは党派を超えて終わったあとの多くの拍手がそのことを物語っていた。
さて、自民党の若手議員を眺めてみると、なかなか多士済々である。しかし、それぞれが活躍する場面を考えると極めて限られている。
あらためて、1期生から3期生までの数を数えてみると、316人の衆議院議員のうち53%、160人もいる。
すなはち、今さらながらわが党は世間で言われているより、はるかに若い党であり、将来性があることに気づく。
そこで、このメンバーに声をかけて、若手だけでこれからの日本のあり方について議論し、世間にアピールをしていこうということになった。
この夜、12人のメンバーが集まって会の設立に向けて協議をした。
たいへん熱い議論が交わされ、早速仮称「123の会」とし、来週呼びかけの第一回目の会合を開くことになった。
2009年2月25日(水)
今日も、朝9時から予算委員会。
一年生議員に差し替えを頼んで、地元での陳情に駆け回る。
10時にいつもの第一委員会室に入る。
この日は一般質疑。あと3日で衆議院通過のトンネルが見えると早い。
ここにきて、多く方々から、なぜ今回、民主党の小沢代表の献金疑惑や世田谷の住宅にかかわる疑惑の問題、マルチ疑惑を取り上げないのかとの問いをいただく。
国対でのそれなりの判断があるのだろう。
ここはまず、予算を通すことだ。
ワシントンで麻生総理とオバマ大統領が首脳会談を行った。
外国要人としては一番初めにホワイトハウスに入ったわけで、非常に意味がある。
「米国債の買い取りを要請された。」「アフガンへの支援強化の片棒をさらに負わされた。」
様々な憶測が飛び交うが、ここは日米同盟が最重要であることを世界の内外に知らしめた点、バイで話をし、ホットラインがつながった点、国益に資することは率直に評価すべきだ。
2009年2月24日(火)
朝のニュースを見ると、NYダウが11年9か月ぶりの安値をつけ、東証も底値をつけるのではと報道。
そのとおり最終まで下がり続け、一時は7200円を割り込み、バブル崩壊後の最安値6994円台も透けて見えた。
これは、あのリーマン・メリルショックから世界同時不況を呼び起こし、オバマ政権になって過去最大級の景気対策をうっても株価に反映されない極めて厳しい事態にあり、シティなどの銀行の国有化も視野にある。
ここで、米国はいかなる手を打つのか注視したい。
今日も9時から予算委員会。今週中に衆議院を通過させるとの流れ。
午後から「政府紙幣・無利子国債発行を検討する議員連盟」の会合。日銀の審議官らを招いて徹底審議。
様子を見ていると、日銀側はどうも慎重のようだ。私も、昨年の10月の世界同時利下げの際の日銀の利下げの後手後手であったことを指摘し、このような時はもっと果敢な対策を示す姿勢が必要と主張した。
これからが見ものだ。
2009年2月23日(月)
月曜の朝9時から予算委員会。
ここまでくると、あとは野党の質疑が続き、しかもテレビ中継がないゆえに空席が目立つ。
あの中川財務大臣の飲酒ショックから覚めやらぬが、週末の内閣支持率はまたもや各社10%台前半。
国民の多勢が現内閣に「NO」を突きつけている状態を重く受け止めなくてはならない。
しかし、何よりも今は2009年度予算をあげ、75兆円規模の景気対策を着実に実行に移すことだ。
そんななか、週明けから東証はかなり下落傾向。
オバマ政権の経済対策の出鼻をくじくがごとくのNYダウの7000ドル割れの様相が兜町を直撃。
当たり前だが、なかなか、人気と経済は一体化しないものである。
夜は、石神井地区の後援会の皆さんに国政報告会をする機会をいただいた。
100名を超える方々が集まってくださり、大変有意義な懇談の場を設けていただいた。
こんな大逆風の時だが、やはり、後援会はありがたい。
2009年2月11日(水)
建国記念日の祝日。
新年会もようやくヤマを越えた。
かれこれ1月の2日から500か所を超える新年会に顔を出してきた。
様々な声を率直に聞き、それを党の、予算委員会の論議に投入してきた。
さて、これから回顧しながらこの約1か月分のコラムを書いてみよう。
2009年1月15日(木)
朝8時からの財務・金融部会に出席。
連日の新年会のラッシュでかなり疲れがたまっているものの、議論が始まったとたんにその疲れもどこかに吹き飛んだ。
今回、官邸サイドでは中期プランに附則として「消費税の税率アップ」を盛り込もうとしており、この件で私も発言。
「これからの年金、医療、介護を支える財源として近い将来税率アップを国民の皆さまにお願いしなければならない。しかし、その前にやること、すなわち国会議員の定数削減であり、天下りの撲滅であり、税金の無駄撲滅であり、この3点セットを同時並行で実現することなしに先に消費税アップはありえない」
こう発言するや否や、ベテラン議員から「改革によってどれだけ社会保障が削られ、地方が痛んできたか」という声があった。
これはちと、ピントがずれた議論ではないかと感じた。
今、国民の多くが消費税について「アップやむなし」と思っているであろう。
しかし、国民に痛みを分かち合ってもらうなら、政治家自らが血を流す覚悟がなければならないし、官僚も天下りを真剣になくす方向で覚悟を決めてもらうことが先決だ。
100年に一度の改革は待ったなしだ。
夜は地元の新年会に出た後、赤坂の中華料理屋で「速やかな政策実現を求める有志議員の会」の会合。
明日、ホームページのアップと10兆円の「経済危機特別予算勘定」を求めることを確認しあった。
2009年1月14日(水)
昨夜、補正予算案が衆議院を通過したが、今朝の駅頭ではたいへん厳しい反応があった。
「なぜ定額給付金に賛成したんだ」「渡辺さんみたいに離党しろ」
等々、様々な声があった。
そして、どれも国民の皆さまの声であり、真摯に受け止めたい。
また、批判についても甘んじてお受けしたい。
しかし、今のねじれ国会のなかで中小企業を救済し、雇用調整が厳しくなる年度末に間に合わせる景気対策を実行に移すにはこのギリギリのところでこの補正を通すしかなかった。
まさに苦渋の決断であった。
そして、今の政治の閉塞感を打開するにはどのタイミングでどう行動するか、今回は見きわめと判断した。
2009年1月10日(土)
世間は3連休。正月休みの後の連休とはさぞかしゆったり休めるのでは・・と自分のサラリーマン時代を想起してしまう。
この政治家という仕事、はっきりいって休みがない。
もっと正確にいえば、世間が休んでいる時が一番の稼ぎ時である。
こうして20年目の新年会シーズンを迎えた。
スケジュールを見ると、この3連休で数十件の新年会が記されている。
しかし、そこに常に国民のナマの声がある。
2009年1月9日(金)
昨日に引き続き、予算委員会に出席。
304人の自民党議員のなか30人の予算委員の構成になっているが、そこに席をいただいていることはありがたい限りである。
さて、消費税についての議論が活発化してきた。というよりも、マスコミを通じて党内の賛成、反対、保留との色分けがされている。
もとより、党内の「ヒラバ」で議論が詰められないうちに中期プランに盛り込まれていることはやはり解せない。
消費税は基幹税として、これからさらに高まる高齢社会の年金、医療、介護を恒久的に支える柱であることは論をまたない。
しかし、現下の税のムダ使いがこれほど指摘され、国民からは「税率アップの前にやることがあるでしょ」という声が圧倒的である。
今回、「速やか議連」でこの中期プランについて、消費税アップの前に、国会議員の定数4割削減、議員報酬2割カット、などのアジェンダをきっちり出すべしと提言することになった。
今後とも、今の国民の声を受け止めながら、政治判断をしていく。
2009年1月8日(木)
朝の駅頭を終え、9時から始まる予算委員会へ。電車の中の暖かいこと。
100年に一度の経済危機に対応する補正予算を審議をする重要な予算委員会である。
自民党からは、石原議員、小池議員と昨秋の総裁選に出た二人が麻生総理に対して質問に立った。
この時期、政権をヨイショする質問はできないし、かといってシビアにやりすぎても支持率低下につながる。
極めて難しい質問の舵取りであったが、それぞれ無事?に終了。
この日、民主党の質問に対し、天下りについて官僚の作った政令のなかで、「渡り」を換骨奪胎させてしまったことに対してなんら明確なリーダーシップを発揮しなかったことは総理の大きなマイナスである。
あの小泉さんだったらどうしていたか。
まちがいなく、そんな官僚の抜き打ち政令を、答弁のなかで撤廃を表明するであろう。
もちろん、私ならそうする。
この日も、新年会が6軒。都心と地元で3軒ずつだが、やはり移動があるゆえ、どの会場に10分もいれないのが辛い。
それでも、皆さんどこへ顔を出してもニコニコ励ましてくださる。感謝の念に尽きる。
2009年1月7日(水)
今日も朝の駅頭に立つ。
7時から8時まで一時間もマイクを持つと、足がカチカチになる。
毎年のこととはいえ、季節的には最も辛い時期である。
その後、地元の新年初顔合わせに出席。
さらに、練馬区の賀詞交換会に出席。約1000名近い区民の方々と新年の挨拶を一同に交わせるありがたい機会である。
実に多くの皆さんから「たいへんだけど頑張れ」との激励をいただいた。
この日、本会議がなくて助かった。
考えてみれば、この時期例年は国会はやってない。通常、1月20日くらいからである。
今年は、何としても補正予算をあげるために5日から開会したのだが、国会と地元との往復でまだペースがつかめない。
この日だけでも3往復。ふう〜。
これが地方選出の議員だと、東京にいる間は「国会があるから」といって、地元の方々は納得してくれる。
しかし、首都圏選出の議員だとそうはいかない。しかし、一番皆さんと触れ合える機会ゆえ頑張っていく。
こうして、47歳の誕生日を無事、迎えることができた。
そういえば、七草は「無病息災」といって健康の源と語り継がれてきた。
すべてのものに感謝である。
2009年1月6日(火)
渡辺喜美さんの離党宣言について様々な声がある。
私は昨年の暮れ、あの行動は「一つの見識である」とこのコラムにも書いた。
その思いは今も変わっていない。
政治家はその時折の政治判断や政策判断は、孤高の決断をしなければならない時が何度か来る。
そして、その判断の材料は、ある時は先輩や専門家のアドバイスであり、ある時は本や報道からの情報であり、結局は自分の人生経験であろう。
しかし、最も大切な判断材料は、「国民の声」である。
今年で政治生活20年目に入った。
地域を回り、駅に立ち、皆さんからの声こそ、「天の声」である。
その声を原点に、これからの政治的立ち位置を定めていきたい。
2009年1月5日(月)
朝5時起きで地元の市場の初荷式へ。
株式会社として再組織化して早8年。区民の食の台所である。
この日も約100人の卸の方々が集い、仕入れとともに今年一年の商売繁盛を誓い合う。
景気は厳しいが皆さん元気に挨拶を交わす。
その後、朝10時に党本部で新年初顔合わせ。
そして、いよいよ第171回通常国会が始まった。
100年に一度の経済・金融危機に、強固な対策を講じてこの難局から脱却させることが何より最優先である。
中川財務大臣が第二次補正予算案について演説。
明日は代表質問だ。
さあ、いよいよ本番だ。
2009年1月4日(日)
元旦から4日間、一日も休まずフル稼働。
こんなことは何年ぶりだろうか。
明日から通常国会が始まるゆえ、今のうちしか後援会の幹部を回れない。
だが、どんなに多忙でもわが身が健康であることのありがたさ、このことをつくづく痛感する。
夕方からは年末に買い込んだ本を片っ端から読みあさる。
特に、経済動向については日銀が「マイナス成長」を発表したゆえに株価とどう連動するのか、大発会が注目される。
政治主導でこの景気後退から脱却することに期待が寄せられる。
英国の経済シンクタンクが、「ここは金融政策よりも大胆な財政出動と減税しかない」とコメントした記事を読んだ。
米国も20日にオバマ政権が正式に発足。大胆な経済政策をとることに各国マーケットの注目が集まる。
日本も率先して75兆円規模の経済対策によって現下の状況を救済することはもちろんだが、問題はスピードと着実性であろう。
明日から国会でしっかり議論していく。
2009年1月3日(土)
正月の三が日だというのに、今の政治の閉塞感は極まりない。
元旦からテレビをつけると、テント村、派遣村の映像が、今自分が暖房をつけている部屋の温度さえ下げてしまうのではと思えるほどの衝撃として目に飛び込んでくる。
多くの方々から私のところにもメールをいただいている。
ありがたいことに激励も多いが、一番多いのが「この国を本当に心配している」「あなた方若手が真に頑張ってほしい」「渡辺さんの行動に賛同」等々である。
わが国のリーディングカンパニーの自動車産業が、赤字と人員削減に踏み込むという事態に対し、徹底した財政出動と金融政策の二つを車の両輪にすることである。
相変わらず、官僚たちは自分たちの老後のための天下りにうつつをぬかし、志ある若手の優秀な官僚までもがいつのまにか毒されてしまうことの危惧を抱きながら、今こそ政治の新しい「旗」を立てる時と、力が入る。
2009年1月2日(金)
毎年お正月はいつもお天気が続く。
この2日も朝から暖かなお天気のなか、宣伝カーで区内を走る。
初詣に行く家族連れと行き交う。
やはり、普段と違いお正月気分ゆえに「頑張って!」「頑張れよー!」との声。
ありがたい・・。
「正月からうるさいな」との声があると思いきや、意外なほどに温かい。
こうして2009年の「初マイク」は無事終了。
2009年 元旦
2009年新年あけましておめでとうございます。
いよいよ、「変革」の年が明けました。
100年に一度のこの時に自身のすべてを出し切り、政治の大改革に邁進してゆきます。
今年もどしどしご意見を頂戴したいと思います。

